レーザ加工光学系の収差が半端ない件(1)

レンズの収差というのは光学の専門用語としてはよく耳にします。集光(結像)の場合、両凸レンズより平凸、平凸よりアクロマティク(ダブレット)、アクロマティクより非球面レンズが収差が小さくて良いとよく言われますが、それが実際、結果としてどの程度集光性能に影響するのかよく分かりません。そこで市販の光線追跡ソフトを用いて、集光位置での断面ビームプロファイルをシミュレーションしてみました。

下図はシミュレーションした光学系の構成です。光源1はマルチモードファイバーレーザを想定しΦ200μmの面光源、レンズは加工光学系でよく用いられる石英製平凸レンズのペアで、外径Φ2インチ、焦点距離250mm、レンズデータはThorlabs社製のLA4538のZmaxデータを取り込んでいます。(他メーカ製でもほとんど同じです)2~5はソフト上のレンズの面番号、レンズの間隔は焦点距離の約2倍の500mm(コリメートされているからもっと間隔が短くても同じではと思われる方は、光学の教科書で勉強してください)6がターゲット面です。光線は、光源1のΦ200μm面中のランダムな点から、放射角(全角)10deg(NA0.087)の中のランダムな角度で1本を発生させ、合計100万本の光線でターゲット面上での規定のピクセル内に到達した本数をカウントし、強度プロファイルを計算します。下の図は光線を50本に間引いて描画しています。

下図は集光位置近傍の拡大図です。ソフトが計算した焦点位置は④で、光線の絞れている位置⑧あたりよりかなり遠いですが、中央の近軸光線はそこで焦点を結んでいるということです。そこで④の位置を基準に左右1mm間隔でターゲット6を動かして、断面プロファイルを計算しました。プロファイルはピークで規格化しています。

その前に、これは光源1の前にターゲット6を置いて、ニアフィールドを計算した結果で、設計通りフラットトップで幅が200μm(点線)になっていることが分かります。

以下に①から⑪までのターゲット位置での断面強度プロファイルを計算した結果を示します。色の違いはX軸とY軸。点線は200μm幅です。

これらのプロファイルの形状と変化は、弊社のFIT式でデモの際、観測される典型的なプロファイルとよく似ています。⑤はプロファイルの半値幅が光源の幅(コア径)に一致し、サイドの急峻な立ち上がりがニアフィールドを最もよく再現できていますが、裾を引いているためビーム径としてはかなり大きな値になります。このような形状の変化、裾の発生は平凸レンズの持つ球面収差の影響です。ビーム径の最小位置をビームウェストとすると⑦あたりでしょうか。しかし300μm近い値になってしまいます。なお、この計算では光源から発生する光線の放射角をNA<0.087でランダムとしたため、裾成分(角度の大きな収差成分)が実際より多少強調されている可能性はありますが(それでもNA<0.1ですからね)、逆に実際の光学系では、計算では考慮していないレンズの加工精度や偏心、熱レンズ、シールドガラスの影響などで、収差がこの計算より増大する可能性もあります。いずれにせよ、シミュレーションでは、平凸レンズの大きな球面収差によって、コア径Φ200μmと同程度となるような集光ビームプロファイルを得ることは困難であることが分かります。

しかしながら現場では、お客さんから「いや、そんなことはない、コア径の1割増しぐらいにはなるが、ちゃんと世界標準機でプロファイルは確認しているよ。」と言われます。「御社(FIT式)のプロファイラで測ると太いね(おかしいんじゃないの)」と言われます。実際に世界標準機で測定したプロファイルを見せていただくと、上図の⑤や⑥あたりで裾がスパッと落ちたような形状になっています。確かにFIT式では結像光学系の収差や蛍光板の有限な厚みの効果で、カメラ式に比べるとプロファイルにわずか(2~3ピクセル、10~15μm程度)に裾を引くことはありますが(これについては別に述べます)、200μmというスケールで裾が問題なることはありません。それにシミュレーションでこれだけ裾を引いているものが、実測でほとんど無くなる(レンズの収差が低減される)物理的理由、原因があるでしょうか。この世界標準機は私も25年ほど前、加工機メーカでレーザ発振器を開発する際に頻繁に利用しました。当時とはメーカ名も型名も変わりましたが、ほぼ同じ機構で大変息の長いモデルです。しかし、微小ピンホールのチップをビーム中で高速2Dスキャンするという方式は本質的な問題や限界もあります。

まずはS/Nです。FIT式はカメラベースなので1秒間に5~10回程度測定を行い、その間にCMOSの露光時間を4桁のレンジで可変して、信号の強度に合わせ数秒でS/N(ダイナミックレンジ)を最適化しています。一方世界標準機は1回の測定に30秒以上かかり、常に高速でヘッドをスキャンしていますので、同じような手法で最適化は出来ません。16ビットのADコンバータで非常に高いS/Nが得られるとありますが、弱い信号に対しても16ビットで処理するからS/Nがよくなるという理屈が分かりません。25年前に使っていたときには、ビームの外側で何も信号がない領域においても、ランダムに無数の大きなスパイクが出ていた記憶があります。これは最近の話ですが、普及が進んでいる2重のビーム形状(中央のメインビームの周囲に弱いリング状のビームを重畳する)で外側のビームがなぜか世界標準機で見えないから、デモに来て見てほしいという依頼がありました。デモに行くと当社FIT式でははっきりと外側のリングが見えて「やっぱりあった」と言われました。S/N(ダイナミックレンジ)が悪ければ、ビームの裾の部分が測定できない(裾が切れる)ことになります。

もう一つはビームの角度依存性です。以前の世界標準機のマニュアルには、最初に入射ビームの角度に関する注意書きがあり、ビームのNAが0.2を超えないようにという記載がありました。最新のマニュアルの数値仕様にも、Tipのピンホール径が20μmでは入射角が<200mrad、ピンホール径50μmでは<500mradという記載があります。要はこれを超える入射角の光は、ピンホールに入っても検出できないということです。小さなピンホールの入り口からディテクタまでの距離が長いことによる構造的なものです。25年前に私が使っていたモデルは単純な金属の中空の細長い管でした。これだと角度が付くほど内部での多重反射の回数が増え、ディテクタに届くまでに減衰することは明らかです。今の世界標準機の詳しい導波方法は分かりませんが、少なくともピンホールの周辺は金属の厚みを考えると管状になっているでしょう。また、NAが0.2未満であれば測定に影響ないのでしょうか。例えば上の計算プロファイルにおいて、裾の部分は収差の大きいレンズの外側からの角度の大きな光成分になります。それがもし測定時に減衰すると、裾がない形状に測定される可能性があります。

以上、シミュレーション以外は、あくまで私の憶測、推論に過ぎませんが、そのうち機会があれば世界標準機実機で検証してみたいと思います。