初心者向けの光学設計の本を読んでみた件
私は長年、産学で半導体レーザおよび固体レーザの研究開発に携わってきましたが、はっきり言ってレンズなどの光学の知識はほとんどありませんでした。焦点距離の正式な定義すら知りませんでした。複数のレンスを組み合わせた実効焦点距離や倍率などの計算が必要なときは、シグマ光機やメレスグリオなどのカタログの中に載っているお役立ちの式や、最近では光響さんのホームページに出ている式を参考にしていました。しかし、このFIT式のビームプロファイラの開発を始めてからは、蛍光板の厚みの影響やレンズの収差など、どうしてももっと専門的な光学の知識や解析、式、ソフトが必要になりました。そこでamazonなどで初心者向けに良さそうな本を探しました。以下は実際に読んでみた感想です。
「高校数学でわかる光とレンズ」 著者:竹内淳 講談社 ブルーバックスB1970 980円
これは980円ながら侮るなかれ、CP高いです。式を使わない光学の歴史の話から、基本的な幾何光学の式の導出まで網羅されています。式を追うのは面倒ですが、光学の専門用語の初歩的な理解には読みやすくて良いかと思います。収差も最後の方に少し出てきます。この竹内さん、早稲田大学の教授で、ご専門は半導体物理学ということですが、他にも「高校数学でわかる相対性理論」とか「高校数学でわかる流体力学」とかいろいろ書かれていて、波動というキーワードで大変知識の深い方だなあと思いました。
「シッカリ学べる光学設計の基礎知識」 著者:牛山善太 日刊工業新聞社 2000円
これはレンズ設計に特化した本で、特に収差について非常に詳しく書かれています。収差の原因と定義、その収差を小さくするためにはレンズをどのように設計、配置すれば良いかを説いています。式はそれほど多くなく図解が中心になっており、読みやすいです。
「はじめての光学」 著者:川田善正 講談社 2800円
この本はamazonで買ったものではなく、たまたま散歩で寄った近所の少し大きな本屋で見つけて買ったものです。田舎の本屋の工学のコーナーに置いてあるにしては、ちょっと場違いな光学の本でしたが、吸い込まれるように手に取り、立ち読みしてすぐに買いました。静岡大学の川田先生(日本光学会会長)の本です。電磁波の話から始まって、干渉や回折光学、収差の話も一通り出ますが、各種顕微鏡の結像光学の具体的な話が詳しく書かれていて、結像の解像度、分解能を上げるにはどうすればよいか、その時の評価の方法などとても勉強になりました。川田先生とは以前学会の研究会か何かで、名刺交換させていただいたことがあります。
「Excelでできる光学設計 第3版」 著者:中島洋 アドコム・メディア株式会社 3619円
これはExcelで計算する光線追跡の本です。特に「レーザ光学系の実用計算」と銘打っています。手持ちのExcelで読み込むことができる様々な応用例(ファイル)がCDで付いています。市販ソフトだと十数万円~数百万円する光線追跡が、Excelで手軽に出来るというもので、使われている方も多いのではないでしょうか。基本的な光線追跡の手法としては、市販の高価なソフトもまあ同じようなものです。私は既に市販ソフトを持っているので、これで計算したことはないのですが、以前、社内で計算した人がいて、その人の計算結果とビームプロファイラの値が合わない(プロファイラの方がかなり大きい)と言われたことがあります。このExcelのソフト、計算の方法をよく理解していないのですが、ビームウェストの位置と径を、一番外側にある光線と光線の距離が一番小さくなる位置と間隔で読んでいるようです。最初の光線の引き方(角度、分布)や本数で大きく変わるので、ちょっとこれでレーザのビーム径計算は無理があると思います。ISOのビーム径の定義とも合いません。見たところ光線の出し方が均等(点光源)で、いわゆる結像の解析のまま集光の議論を進めていて、レーザ光源についての光線のモデル化がされていません。引ける光線の本数もごく少ないので光線追跡の基礎的な理解や光学系の収差を見るにはよいと思います。LEDや蛍光灯など複雑な光源のモデル化にはProSourceなどの専用ソフトを使い、専用の装置で測定し、その結果(光源データ)をZemaxなどの光線追跡ソフトに読み込みますが、レーザ光源の場合には比較的単純(MMファイバーなどは測定した方がよいような気もしますが)なので、光線追跡ソフトの機能で角度依存性のあるガウス分布や面光源の光線を発生をさせます。本の後半は光線追跡ではなく、解析式によるガウスビームの伝搬の計算になっています。
「Imaging of Optical Modes - Resonators with Internal Lenses」著者:H.Kogelnik THE BELL TECNICAL JOURNAL (Volume: 44, Issue:3, March 1965) ネットで有償ダウンロード可
これはタイトルとは違うのですが、30年近く前に会社から長期出向で山形へ行く際、手土産に会社の図書室で大量にレーザ関係の文献をコピーしたうちの一つです。実験室が立ち上がる半年ほどの間、時間があったので片っ端から読みましたが、これはその中で最も印象深いものです。読み返すうちに紙がボロボロになったので、それをまたコピーして読んでいます。
ガウスビームの伝搬に複素ビームパラメータを適用し、さらに波面のモードマッチングから、汎用的なレンズのABCDパラメータを導出して、それをレーザ共振器に適用するまでの過程が細かく記述されており、年代的にもレーザ光学の原著論文と言ってよいものだとおもいます。当時読んで目から鱗が落ちた記憶があります。
「LASERS」著者:Anthony E. Siegman University Science Books 時価で2万円くらい。
これもタイトルとは違うのですが、会社で半導体レーザから固体レーザへ研究テーマ(所属)を変えた時に、その時の上司に固体レーザの教科書でよいものはないかと聞いたところ、Walter Koechnerの「Solid-State Laser Engineering 」 (Springer Series in Optical Sciences, 1)を薦められて読みました。これは確かに実用的(工業的)なレーザ技術が網羅、集約された良い本でしたが、何かお腹がいっぱいにならない、物足りない感がありました。この「LASERS」は当時、研究委託先であった分子研の平等先生(現理研)に教えてもらった本で、1200ページ以上ありますが、レーザ物性、光学の基礎から非常にわかりやすく書かれており、自分が探していた本はこれだと思った記憶があります。
例えば、これ。2枚のミラーで左から入れたレーザ光の反射強度を示した図ですが、2枚のミラーの反射率が同じ時には、干渉により反射が0になる場合がある、すなわち左から入れたレーザ光が2枚のミラーを透過して全部右に出てしまうという不思議なことが起こりますが、これをわかりやすく示した図です。反射率が異なる場合はこうなるという連続的な説明で、干渉(エタロン)という現象の理解がとても進みました。著者のSiegmanはもちろん、ビーム品質パラメータM2の考案者で非常に有名なスタンフォード大学の先生であります。もうお亡くなりになりましたが、国際会議でお見かけしたことはあります。